貴方の熱をちょうだい!!
馬鹿みたいに暑い船内。海上は嵐だとかで浮上はせずずっと海中を航海しているのだがいかんせん暑い。ベポなんか溶けて廊下のど真ん中で寝てるしシャチはチャームポイントの帽子とサングラスを外して少しの涼しさを求めている。クルーお揃いのツナギも上半身は脱いで腰に巻き付けているクルーもちらほら。いつもは帽子率が高いクルーも今回ばかりは被っているところを見かけない。それは船長も同じ。
「失礼しまーす」
気の利く私はたっぷりの氷が敷き詰められたグラスに冷たい麦茶を入れたものを持って船長室を訪れた。自室だからか帽子を外した上に上半身何も身につけていない船長が帽子を団扇代わりにして扇いでいる。
(えっっろ)
汗が滴ってボリュームが無くなっている髪もその汗が伝う首筋も刺青も何もかもがセクシーだ。私の差し出した麦茶を飲んで上下する喉仏も文句無しに情欲をそそられる。
元々暑さでバテているであろう船長に麦茶の差し入れでもと立ち寄っただけだというのに見事に頭は切り替わっていた。全部様になる船長が悪い。
「どうした?」
「い、いえっ」
幸い顔が赤いのは暑いせいと言い訳できる材料が揃っている為そこは問題ない。何が問題かといえば今の船長にどうしようもなく欲を煽られているこの状態だ。平たく感情を吐露すれば抱きたい。じゃなかった、抱いて欲しい。心做しか潤んだ瞳が情事中の船長を思い起こさせて心臓に悪い。思わず頭を抱える私を船長が心配してくれた。
(違う、違うんです、ごめんなさい)
「どうした」の問いに貴方に欲情していますなんて言えるだろうか。答えは否だと即答できる。邪なクルーでごめんなさい。
(うわでもめっちゃ抱いて欲しい、すごく欲しい)
こんな馬鹿暑い中いたしたらぶっ倒れる羽目になりそうだけどそれでも一度沸き起こった情欲は中々消えない。だからって自分から抱いてとかは口が裂けても言えそうにもない。痴女だと思われたら自害する。
(どうにか……どうにか船長から誘ってくれる方法……)
「あ……暑くて」
とりあえず船長の真似をして暑い暑いと言いながら上半身のツナギを下ろし腰に巻く。タンクトップ一枚になりわざと胸元をパタパタとさせてみた。目の前のソファに座る船長に谷間を見せつけたが動きはない。こうなったら!
「ちょっと着替えてきます」
ニッコリと笑顔を張りつけ自室からミニスカートを取りだし履き替えた。膝上までしか丈がないスカートはデザインが可愛くて買ったものの一度も出番がなくタンスの肥やしと化していたもの。初めての出番がこれでいいのかという気もしないでもないが今の私は暑さで頭をやられているため深く考えることは出来ない。と言い訳させてもらう。
「よしっ」
再び船長室に赴く口実作りにピッチャーに麦茶を入れて持っていくのも忘れない。船長は口実なんてなくても部屋に入れてくれる人だがやましい気持ちが先行している手前、何か別の理由を提示しておきたかった。
「暑いですね! おかわり持ってきました!」
「悪いな」
差し出されるグラスにアイスペールに入った氷を入れ、麦茶をつぎ足した。その流れのまま船長の座るソファに座り込み今度は足を組んでみる。
――男は完全に見えるより見えるか見えないかがそそられる。
というのを以前どこかで聞いたので実践してみたわけだ。距離は手を伸ばせば届くくらい。手を出そうと思えば出せる距離を保っているのだからいつでも出してくれて構いませんよの気持ちを多分に込めた。
「ほんと暑いですねー」
足を組みかえ、肩に引っかかったタンクトップの紐をさりげなく少し下げた。
見ろ! 目の前にいる女がこんなにわかりやすく誘ってるんだぞ!!
と船長の動きを観察するも全く動きが見られない。中々動きが無いので小首を傾げて瞳を潤ませるオプションも付けた。
「暑いなー」
言いながらソファの肘掛にぐったり背中を預け、髪をアップにする。今私の首筋は顕になっていて寝転がった反動でミニスカートはますます際どい形になっているだろう。船長に足を向けるなど普段なら言語道断なのだが抱かれたい気持ちが強すぎてそれどころではない。もう一度足を組みなおし船長に念を送る。
(ぜんっぜん見ない……)
目の前の本を読んでこちらに意識を向けない船長に虚しさを通り越して段々苛立ってきた。こうなったらわざとらしいが足をばたつかせてみようか。それとも手元が狂ったふりして麦茶を自分に零してみようか。いいかもしれない、これなら服を脱ぐ口実にもなるし船長もその気になってくれるかも。
「あー暑い暑い」
よし、と心の中でゴーサインを出してグラスを持ち上げる。今まさに胸元に零そうとした瞬間船長がパタンと本を閉じた。
「……え?」
「そろそろ嵐の海域も抜ける頃だ。浮上するか」
「浮上……?」
「暑いんだろ」
「…………」
……やってしまった。暑い暑い連呼しすぎた。ベポ達に指示を出すべく部屋を出ていく船長の後ろ姿を私はただ黙って見送るしかなかった。
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